関連用語集

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鉢巻山(はちまきやま)
古期雲仙火山に属する溶岩ドーム。噴出年代は31万〜38万年前。

八良尾玄武岩(はちらおげんぶがん)
南串山層を覆う玄武岩のうちの一つで、中にカンラン石、輝石の結晶を含む。

早崎玄武岩(はやさきげんぶがん)
口之津層群大屋層下部に挟まれるかんらん石を含んだ玄武岩で、現在の早崎半島の南部に分布しています。噴出年代は約430万年前です。

原城(はらじょう)
「原の島」と呼ばれていた海に突き出た高台を利用し、1599年に築城開始、1604年に完成した城で、有馬家が日野江城の出城として築いた。当時の島原藩からの重税とキリシタン弾圧に反抗した農民たちが、天草四郎を筆頭として立てこもり、一揆を起こした際に一揆軍の拠点になった場所でもあります。敷地は島原城に比べて数倍の広さがあったと伝えられています。

 

深江断層(ふかえだんそう)
布津断層にほぼ並行して走る、雲仙地溝の南東端に位置する活断層。断層面に対して、北側の地面が沈降する正断層で、海岸沿いにくらべて山よりの方が断層の落差が大きい、という特徴があります。

普賢岳北断層(ふげんだけきただんそう)
千々石断層、舞岳断層らに平行する南落ちの正断層。礫石原火砕流堆積物を1〜2m変位させている。長さ1.5km。

普賢岳溶岩ドーム(ふげんだけようがんどーむ)
約2万7千年前に形成された妙見カルデラの中に生じた4つの溶岩ドームの内の一つ。形成年代は約7千年前です。

布津断層(ふつだんそう)
雲仙地溝の南東端を境する活断層。断層面に対して北側の地面が沈降する正断層で、平行する深江断層とは異なり、山側より海側の方が変異量が大きい。そのため断層面が海に突き出し、布津崎とよばれる岬を作っています。

古江火砕流(ふるえかさいりゅう)
普賢岳南東に位置する通称”ボタン山”の緩斜面を構成する堆積物。中に角閃石デイサイトの本質岩塊を含んでいる。

古焼溶岩(ふるやけようがん)
1663年の古焼噴火の際に噴出した小規模な溶岩流。安山岩質の溶岩で、石英の斑晶とかんらん石の斑晶が同時に産する、という非平衡な鉱物組み合わせを持っています。残念ながら、平成噴火で生じた火砕流により、その大半が埋没してしまいました。

 

平成新山(へいせいしんざん)
1990年(平成2年)11月17日から開始し、およそ5年間の噴火によって形成された新たな溶岩ドームに対して、島原市と小浜町(現 雲仙市小浜町)が付けた名称。命名日は1996年5月20日。同年8月に国土地理院が測定した平成新山の標高は1486mであったが、その後の頂部の崩落等により、現在の山頂の標高は1483mとなっています。平成新山は、2004年4月5日に国指定の天然記念物に指定されています。

平成噴火(へいせいふんか)
1990年(平成2年)11月17日、水蒸気爆発からはじまった噴火。その後、1991年2月12日、4月、5月と断続的に噴火をくり返し、同年5月20 日には山頂に初めて溶岩ドームが出現。日に日に溶岩ドームは大きくなり、マグマの破片が山頂からこぼれ落ちるようになりました。5月24日には初めて火砕流が発生、さらに5月26日には火傷による負傷者も出ました。6月3日には大きな火砕流により、火山学者を含め43名が犠牲となった。規模の大きな火砕流は6月8 日、9月15日にも発生、島原市内への噴石の落下や、小学校の校舎が焼ける被害が発生した。その後も火砕流の発生は断続。1993年にも1名の犠牲者が出た。また、平成噴火では土石流も頻発。多くの家屋が流され、田畑が埋没した。1995年5月25日の噴火終息宣言までの間に火砕流の発生回数は、実に9400回を越えた。

 

鳳上岳(ほうじょうだけ)
口之津層群加津佐層を整合に覆う凝灰角レキ岩とその上位の玄武岩質溶岩流からなる。

鳳上岳断層(ほうじょうだけだんそう)
原城趾の東海岸から鳳上岳北方を通り、津波見海岸におよぶ北落ちの正断層。東部で70mほどの落差が、西部では30mほどの落差が生じている。